昔の日記を読み返すべき?実践的な判断方法
昔の日記を読むと気恥ずかしい思いがするなら、最初から最後まで通して読む必要はありません。まったく読まなくても大丈夫です。日記を開くことで何を得たいのかを決め、負担の少ない短い部分から読み始め、やめたくなったらやめて構いません。すべてのページを読み返すことを義務だと思わずに、日記を残し続けてもよいのです。
読む理由から始める
目的が明確であれば、どの部分を開き、いつ読むのをやめるべきかを判断しやすくなります。旅行を思い出したい、日付や詳細な出来事を確認したい、当時楽しんでいたことを振り返りたい、あるいは単に昔のエントリーが今も身近に感じられるかを確かめたいなど、目的はさまざまでしょう。「読むべきだから」という義務感以上の理由が見つからないなら、日記を閉じたままにしておくのも賢明な選択です。
日記は当時の出来事をそのまま記録するものであり、研究者も日々の体験の経時的な変化を調べるために日記法を用います。そのため、日記は当時の自分が何に気づいていたかを知る有用な資料になりますが、あくまで部分的な記録に過ぎません。それは、自分が書くことを選んだ内容と、それを書いたその瞬間を反映しているだけなのです。Bolger、Davis、Rafaeliによる「Diary Methods: Capturing Life as it is Lived(日記法:ありのままの生活を捉える)」では、日記による報告が、他の研究手法では捉えられない経験の細部をどのように記録できるかが述べられています。個人の読者にとっての実践的な教訓はシンプルです。日記のエントリーは当時の細部を思い出させてくれますが、その時期の完全な記録でもなければ、当時のあなた自身を決定づける結論でもありません。
小さく具体的な箇所から始める
最初からすべてを読み返そうと決めるのではなく、限定的な一部を選びましょう。特定の日付のエントリー1つ、旅行中の1週間分、あるいは気になっている年の数ページなどです。カレンダーの日付や記憶に残っている出来事など、外部のきっかけを手がかりに関連する箇所を探すこともできます。途中で簡単にやめられるよう、最初のセッションは短めに抑えておきましょう。
この「少量から始める」アプローチは実践的な判断の助けであり、厳格な決まりではありません。これなら重荷に感じることなく、今の自分がその日記を読んでどう感じるかを確かめられます。興味が湧いてきたら読み進めればよいですし、退屈に感じたり、居心地が悪くなったり、もう十分だと思ったりしたら本を閉じてください。日記は、順番どおりに読み返さなければ残しておく価値がないというものではありません。
当時の文脈を意識して読む
古い記述には、その瞬間の生々しい言葉が残されていることがよくあります。その日何が切実で、何がおかしく、何が重要に思えたのかが綴られています。現在の視点からその文章を評価する前に、日付を確認し、その前後の行を読んでみましょう。「当時、自分は何を知っていたのだろう?」「その週は何が起きていたのだろう?」「何を記録しようとしていたのだろう?」と自問してみてください。これらの問いは、その瞬間のスナップショットと、あなたという人間の全体像とを切り離して考えるのに役立ちます。
また、読み返している「現在の自分」は、そのエントリーを書いた「当時の自分」とは異なる状況にいます。L・M・モンゴメリの日記の再読に関するエッセイでは、何年も経ってから同じ文章に触れたとき、読者自身の置かれた環境や視点の変化が、何に心が留まるかにどう影響するかが語られています。「Rereading L.M. Montgomery’s Journals: A Personal Reflection(L・M・モンゴメリの日記の再読:個人的な省察)」は有益な気づきを与えてくれます。ページに書かれた文字は同じでも、読み手とそれを取り巻く文脈は変化しているのです。
シンプルな「やめる基準」を設ける
読み始める前に、「ここまで読めば十分」という基準を決めておきましょう。たとえば、1エントリーだけ読む、ある事実を1つ調べる、あるいはノートを開いておく時間を10分だけにする、といったことです。それが終わった時点で、続けたいかどうか自分に問いかけてみてください。続けたくないなら、その判断を自分自身や日記に対する自己嫌悪や評価につなげることなく、そこで終わりにしましょう。
読み方を変えるのもひとつの方法です。特定の出来事に関するエントリーだけを読む、見出しや日付だけを流し読みする、あるいはすべてのページを読まずに必要な情報だけを見つけられるよう信頼できる人に手伝ってもらうこともできます。もし日記に他人のプライベートな情報が含まれている場合は、誰かに共有したり見せたりする前にその点に配慮してください。自分の好奇心を満たすために読むとしても、日記を誰かに公開する必要はありません。
読んだ後の扱いを決める
保管する、しまっておく、デジタル化する、あるいは処分するといった選択は、読み返すこととは別の問題です。日記を閉じたまま個人的な場所に保管しておくことも、厳選したノートだけを残すことも、特定の冊子を手放すこともできます。たった1回の読書セッションで、これまでの記録すべての行方を決める必要はありません。
利便性のためにページをデジタル化する場合は、そのデータがどこに保存され、誰がアクセスできるのかを考慮してください。スキャンデータは検索しやすくなりますが、管理すべきデータが新たに増えることにもなります。英国国立公文書館の「Guide to archiving personal data(個人データ保管ガイド)」では、公的機関のアーカイブにおけるセキュリティと保存について論じられています。個人の日記に当てはまる一般的な考慮事項として、保存方法やアクセス方法の選択がプライバシーに影響するという点が挙げられます。データは自分が管理できる場所に保存し、自分や他人の個人的な情報が含まれているスキャンデータを不用意に共有しないようにしましょう。
迷ったときの実践チェックリスト
昔の日記を開く前に、次のことを自分に問いかけてみてください。
何を知りたい、あるいは何を思い出したいのか?
無理なく読み始められるのは、どの日付のエントリーや期間か?
今日の分として「ここまで読めば十分」と判断する基準は何か?
読んだ後、日記やデジタルコピーはどこに保管するのか?
無理のない目的があり、好奇心があるなら、まずは1エントリーだけ試してみましょう。気が進まないなら、閉じたままにしておいてください。どちらを選んだとしても、日記は日記のままです。特定の時代に作られた記録であり、役に立つときにはいつでも使え、必要ないときには無理に読まなくてもよいものなのです。
