日記のページに価値があるかどうかは誰が決めるのか?
日記を1ページ書き終えて「意味がなかった」と思ったら、評価を下す前に、そのページに何を求めていたのかを問いかけてみてください。個人的な記録は、洗練されている必要も、深遠である必要も、他人に役立つ必要もありません。その価値は、あなたが選んだ日常的な目的――詳細を思い出すこと、起きたことを記録すること、計画を立てること、自分の好みに気づくこと、あるいは単に書くことに数分を費やすこと――によって決まります。書き手であるあなた自身がその目的を設定し、そのページが目的を果たしたかどうかを判断できるのです。
日記の1ページに唯一無二の役割などない
日記は日によって異なる役割を果たします。コネチカット大学のアーカイブ・特別コレクション部門は、日記について、何かを打ち明けたり、思索を深めたり、大切な思考や対象を集めたり、あるいは時間をつぶしたりする記録であると説明しています。また、日記の目的は書き手やその時々の状況によって決まるという点を強調しています。(コネチカット大学 アーカイブ・特別コレクション「For Private Eyes Only: Why We Write Diaries」)
この幅広さは、あるページが無駄に思えたときに重要になります。すべてのエントリーに新しい気づきを求めていたとすれば、普通のランチについての短いメモは失敗のように見えるかもしれません。しかし、そのページが友人と何を食べたか、どこへ行ったか、あるいは忘れがちなひとつの詳細を留めておくためのものだったなら、十分に役目を果たしたと言えます。ただ静かな10分間を埋めるために書いたのなら、最後まで書き終えたことだけで十分なのです。
プライベートな記録のすべてが満たさなければならない外部基準など存在しません。学校のジャーナル、業務日誌、プライベートな日記では、読者も求められるものも異なります。例えばテキサスA&M大学のライティングセンターは、日記の中には個人的で自分自身に向けられたものもあれば、コース教材に対応し講師や仲間を読者とするものもあると指摘しています。これらは異なる課題であり、有用性の基準も異なります。(テキサスA&M大学 ライティングセンター「Journals」)
ページを評価する前に「目的」を言葉にする
書いた内容を公平に判断する手軽な方法は、「私はこのページを……するために書いた」という文を完成させてみることです。答えは小さく具体的なものにとどめましょう。1日の流れを記録したかったのかもしれませんし、料理の出来栄えを覚えておきたかったのかもしれません。明日のやることリストを作ること、心地よかった瞬間を描写すること、あるいはまとまらない考えをノートに吐き出すことだったかもしれません。
そして、頭の中にある理想の日記ではなく、その目的とそのページを見比べてみてください。後から思い出せるくらい十分に出来事を記録できましたか? 覚えておきたかった事柄を書き留められましたか? 確保した時間をそのために使えましたか? これは実用的な判断の手がかりであり、点数を競うテストではありません。その目的は、「やろうとしたことができなかった」のか、「求めてもいなかったことまでそのページに期待してしまった」のかを見分ける手助けをすることです。
1つのページに複数の目的があっても構いません。散歩についての数行は、どこへ行ったかと何に気づいたかの両方を記録しているかもしれません。書いた理由が小さな詳細を留めておくことだったなら、そこから大きな教訓が得られなくても、その記録には価値があります。1ページ1ページをささやかな記録として捉えることで、評価の基準を自分が選んだ目的に合わせ続けることができます。
「役に立つ」とは「洗練されている」という意味ではない
個人の日記は、当然ながら読者のために書かれた文章ではありません。テキサスA&M大学のライティングセンターは、ジャーナルを形式ばらないものであり、多くは書き手自身に向けられたものだと説明しています。この区別を理解すれば、なぜ日記のページが個人的な目的を果たすために、洗練された導入部や満足のいく結末、明確な教訓などを必要としないのかがよく分かります。
例えば、「仕事の後にスーパーへ。梨が食べ頃だった。遠回りして帰った」というエントリーを想像してみてください。残しておくにはあまりに平凡すぎるように思えるかもしれません。しかし、書いた理由がその日の小さな詳細を覚えておくためだったなら、そこには具体的な内容が3つ含まれています。もし重要な会話を記録することが目的だったなら、その役目は果たせていません。役に立つかどうかは、何を捉えようとしていたかによって決まるのです。
誰か他の人が課題を設定した場合は基準が変わります。授業のジャーナル、共有のノート、実務的な業務ログなどには、お題や日付、特定の資料へのリアクションといった指定要件がある場合があります。その場合は、自分自身の目的だけでなく該当する指示も確認してください。外部からの指定がないプライベートな日記であれば、推敲したり構成を整えたりすることに時間をかける価値があるかどうかは、自分自身で選ぶことができます。
ページを切り捨てず、短い振り返りをしてみる
書いた内容を読み返して「無駄だった」と感じたときは、何に引っかかっているのかを少し考えてみてください。内容が重複している、短すぎる、漠然としている、あるいは書こうと思っていたことと違うのかもしれません。その上で、少し手を入れることで今後のエントリーに活かせるかどうかを判断しましょう。
日付を書き足したり、「覚えておきたいこと」とラベルを付けたり、短いリストに見出しを付けたりするのもよいでしょう。あるいはページには手を付けず、次回別のプロンプト(お題)を使ってみることもできます。考えを深めたいなら、最後に「今日のどの部分を覚えておきたいだろうか?」といった問いを1つ付け加えてみてください。すでに必要な役割を果たしたページを、無理に修正する必要はありません。
ウィスコンシン大学マディソン校のライティングアドバイスには、もうひとつの有益な区別が示されています。フリーライティングは思考を止めずに動かし続けることを目的としており、同センターはそのプロセス中に読み返したり修正したりするために立ち止まらないよう助言しています。これは執筆課題のためのアイデア出しの手法であり、すべての日記の書き手が従うべきルールではありません。しかし、後から読み返したときの印象だけでどのページも評価してしまうと、そもそもそれを書いた理由を見失ってしまうということをよく示しています。(ウィスコンシン大学マディソン校 ライティングセンター「Generating Ideas for Your Paper」)
答えが出ないときは小さなチェックリストを使う
まだ判断に迷うなら、次の問いを使って決めてみましょう。すべてに答える必要はありませんし、目指すべきスコアもありません。
何を記録し、覚え、計画し、気づきたかったのか?
その目的はページのどこかに現れているか?
後から見つけ出したいと思うような詳細はあるか?
日付や見出し、あるいは明確にする一文を加えれば、このページを活用しやすくなるか?
次回少し調整を加えたいか、それとも今日は書いたことだけで十分か?
これらの問いは、個人的な記録を抽象的な理想と比べるのではなく、次にとるべき行動を選ぶ助けになります。ページに求めていたものが書かれているなら、そのままにしておきましょう。足りない詳細がひとつ気にかかるなら、それを書き足してください。目的が曖昧だったなら、次のエントリーではよりシンプルな目的を設定しましょう。たとえそのページ自体が短く平凡なままであったとしても、それだけで十分な答えなのです。
あなた自身の日常的な目的に判断を委ねる
個人の日記のページが役に立っているかどうかは、書き手自身がそれを書いた理由と照らし合わせて決めます。誰かから依頼された仕事であれば他人が基準を定めることもありますが、個人的な記録は誰かを感心させる必要も、特定の結果を生み出す必要もありません。コネチカット大学による日記の目的についての見解も、すべての日記の書き手に共通する単一の目的など存在しないことを裏付けています。
ですから、あるページに意味がないように思えたら、「今日、これは自分が求めていたことを果たしただろうか?」と、公平で具体的な問いを投げかけてみてください。「はい」であれば、そのページは小さな詳細をひとつ残せたか、リスト作りに役立ったか、あるいは意図した通り静かな時間を数分過ごせたことを意味します。もし答えが「いいえ」なら、次のエントリーで調整すればよいだけです。どちらにせよ、そのページが何のためにあったのかを決めるのは、あなた自身なのです。
